2024年08月04日

施工不具合対応マニュアル/構造躯体工事を作成する

 建築工事において、施工ミスとまでは言えないものの施工基準、施工公差(許容値)を超えてしまうことがあります。もちろん、これに対し、適切な対処を行えば施工ミスにはなりません。構造設計者も工事現場から対応について相談を受けることがあるでしょう。この対応方法は設計者、工事管理技術者が経験や技術的判断により、対応してきました。
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 このような施工不具合に対する対応方法をマニュアル化、基準化しようと考えた人、会社は少なくありません。しかし、このようなものを作成すると失敗を許容しているとの批判を受けてしまうこと、また、良心から作成を行ってきませんでした。考えようによっては、これらも技術です。建築構造設計べんりねっとでは構造躯体工事に絞り、施工不具合に対する対応マニュアルを作成しようと思います。



 どのようなものを作成するかの事例として、第一弾、以下を作成します。

鉄骨造アンカーボルト高さが低くなってしまった場合


 鉄骨造のアンカーボルトは通常、ダブルナットとします。そして、JASS6では「アンカーボルトの余長はねじ山が外に3山以上」となっています。
 このアンカーボルトの高さが予定よりも低くなり、ダブルナットとするとねじ山が外に3山以上が確保できない場合の対応方法を解説します。




アンカーボルトの基準は施行令第66条で「構造耐力上主要な部分である柱の脚部は、国土交通大臣が定める基準に従つたアンカーボルトによる緊結その他の構造方法により基礎に緊結しなければならない。」と定められています。国土交通大臣が定める基準とは告示1456号であり、「(露出柱脚にあっては)アンカーボルトには座金を用い、ナット部分の溶接、ナットの二重使用その他これらと同等以上の効力を有する戻り止めを施したものであること。」となっています。
 まず、柱脚の形式が根巻き形式柱脚、埋込み形式柱脚の場合はこの規定は対象外となります。これらの形式の柱脚の場合のアンカーボルトは建方用(コンクリート打設まで位置を保持する目的)なので、ダブルナットである必要はなく、3山以上確保の不要です。

 対応方法としては以下の2通りの方法があります。

@ナットを溶接する
 ダブルナット(ナットの二重使用)は告示にある通り、戻り止め(ナットの緩み止め)が目的です。そして、
告示ではナット部分の溶接も認められています。溶接する部分はナットと座金を溶接します。尚、溶接方法については明確な基準がありませんが、戻り止め(緩み止め)が目的ですので強固な溶接までは不要でしょう。

Aナットサイズを小さくする
 二つ目のナットを高さが小さいものに変える方法もあります。これは建築鉄骨構造技術支援協会(SASST)のホームページで紹介されています。
https://sasst.jp/qa/q6/q6-6.html

 アンカーボルトとしての強度を確保するナットは一つ目のナットであり、二つ目(上側)のナットは戻り止め措置です。よって、高さいの小さいナットを使用することで「ねじ山を外に3山以上確保」が出来れば、この方法もあります。

Bアンカーボルトをベースプレートに溶接する
 日本建築学会「鉄骨工事技術指針・工事現場施工編」ではアンカーボルトをベースプレートに溶接する方法も記載されています。ベースプレートに開先を取り、完全溶け込み溶接とする事になりますので現実的には難しいと考えます。




posted by 建築構造設計べんりねっと at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 構造設計メモ

2024年07月16日

【管理職必見】若手構造設計者の育て方!

 構造設計業界に係わらず日本における人材不足、高齢化は全ての業種に共通している問題です。どの企業も新卒採用に躍起になっています。そして、社員が辞めるとなると管理職は叱責を受けることになります。

 企業も従業員エンゲージメント(満足度)を向上させることが社員の定着に繋がると考え、管理職に対し、改善を求めます。これを簡単にある程度、向上させるには部下に厳しいことを言わないのが一番効果がある。熱心に指導するとパワハラと言われるリスクもあります。
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 一人前の構造技術者になって欲しいと思いつつも、このような環境では一生懸命になるのも、ばかばかしいと思う管理職の方も少なくないと思います。

 そこで構造設計業務に携わっている管理職の方に若手社員、若手構造設計者の育て方?ご機嫌取り?をアドバイスします。





まずは資格取得に専念させる


 平成19年の建築基準法改正で構造設計一級建築士制度が創設、構造計算安全証明書が必要になり、構造図、計算書への記名が必要になるまで建築士資格取得に対する意識が少ない構造設計者も居ました。
 しかし、現在は構造設計業務を行うには構造設計一級建築士資格が実質、必須です。当然、若手構造設計者は資格取得に対しては非常に高い意識があります。事実、新入社員の多くが入社時の挨拶で「まずは建築士取得」と言うと思います。

 以前は実務経験がないと建築士受験が出来ず、入社1年目から試験勉強に取り組む人は少なかったですが、今は実務経験がなくとも試験は受けれるので仕事を覚える、技術を習得するよりも建築士取得を優先する環境になっています。
 「まずは建築士取得」が「資格を取得すれば後は安心」になっているのです。これを否定することなく、理解して下さい。

「残業はしなくて良いから、早く帰って勉強して下さい。有給休暇はフルに取得して、勉強して下さい。」と伝えれれば良い上司と思われます。

構造設計の本質を教えない


 部下に構造設計を教える時に本質、検討内容の意味を理解して欲しいと思い、丁寧に教えすぎるとのNGです。



 構造安全性の確認を行うのに複数の方法があるものもありますが、一つの方法として下さい。「こういう方法がある。ああいう方法がある。このような考え方もある。」との説明を若い人は嫌います。口には出さないですが、「それで、この場合の結論は?」と思っています。次に同じ検討を行う場合の事より、目の前の仕事を処理することが優先なのです。

 また、自分で調べる力を付けさせるために「学会指針のここに書いてあるから読め」との指導もNGです。これも面倒だと思われます。貴方がまとめて教科書にして示しましょう。新入社員から、「教科書はないですか?」と言われた事がある方も少なくないと思います。

 技術的判断が出来るようになることを求めるのではなく、ルール化、マニュアル化してあげる事が重要です。

間違っていること、出来ないことを指摘しない


 仕事をさせ、チェックをした時に間違っていること、出来ないことを指摘しないで下さい。若手社員はプライドが高く、メンタルが弱い人が多いのです。このような指摘をされるのを嫌います。





 間違っていたら、やり直させるのではなく、管理職の貴方が直して下さい。出来ていない場合は「そのうち、Aiで構造設計が出来るようになるから大丈夫だよ」と言ってあげて下さい。
 若い人はITリテラシーが高い分、近いうちに本気でAIで構造設計が出来るようになると信じている人も一定数居ます。

posted by 建築構造設計べんりねっと at 22:30| Comment(1) | TrackBack(0) | コラム

2024年06月04日

2025年建築基準法改正、壁量規定(耐震性)強化の規定は不十分。

 5月31日付けで2025年4月施行の告示が公布されました。この告示により、新しい木造壁量計算の方法が正式に以下の通り、示されました。
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 この方法は実状の応じた地震力を算定し、壁率に割り戻す方法ですが、この式には問題があります。





 地震力計算は許容応力度計算(構造計算)で従来により行われており、施行令第88条では「当該部分の固定荷重と積載荷重との和(第八十六条第二項ただし書の規定により特定行政庁が指定する多雪区域においては、更に積雪荷重を加えるものとする。)に当該高さにおける地震層せん断力係数を乗じて計算しなければならない。」とされており、多雪区域においては積雪荷重の考慮が必要です。

 しかし、新しく制定された木造壁量計算における地震力は当該階が地震時に負担する固定荷重と積載荷重の和となっており、積雪荷重の考慮は不要となっています。

 つまり、多雪区域においては積雪荷重分、壁量(耐震性)が不足することになります。





 この件はパブリックコメントでも指摘されており、国土交通省の回答は以下となっています。
「在来軸組構法においては、現行の建築基準法上、積雪荷重は考慮しておりません。これまでの実態や被害の状況などを踏まえ、今般の改正後においても引き続き、在来軸組構法の壁量等の算定に際し、積雪荷重は考慮しない方針としています。」

 これで良いのでしょうか?

 RC造などの比べ、木造は重量が軽いため、積雪荷重の影響が大きくなり、木造こそ考慮すべきと考えます。壁量規定の強化は省エネ化などにより、建物が重量化したことで現行の壁量規定が実態と合わなくなっており、地震時に倒壊のリスクがあることが発端でした。

 また、これまでの被害の状況を踏まえたとのことですが、近年の多雪区域における大地震では積雪が多い時期ではありません。今年の元旦に起きた能登半島地震の時も幸い、積雪が少ない状況でした。

平成12年10月 6日 鳥取県西部地震(震度6強)
平成15年 9月26日 十勝沖地震(震度6弱)
平成16年10月23日 新潟県中越地震(震度7)
平成19年 3月25日 能登半島地震(震度6強)
平成19年 7月16日 新潟県中越沖地震(震度6強)
平成20年 6月14日 岩手・宮城内陸地震(震度6強)
平成23年 3月11日 東日本大震災(震度7)
平成30年 9月 6日 北海道胆振東部地震(震度7)
令和 6年 1月 1日 能登半島地震(震度7)

 つまり、これまでの被害状況から問題ないとは言えません。むしろ、私はこれらの地震の時に雪が降っていない時期で良かったと感じたのを思い出します。





 施行令第88条の基準では積雪荷重の地震用重量への算入は0.35の低減率を乗じてよいこととなっています。これは地震と豪雪が同時に発生する確率より定められているものですが、もし、これまでの被害状況、組み合わさる確率を再検討した結果、不要と考えるなら、施行令第88条の改正を行い、木造以外の基準を緩和すべきです。

 尚、この質問者(意見者)は枠組壁工法(2×4工法)の基準では積雪荷重を考慮している事を指摘しています。今回の新しい壁量基準の考えを正とするのであるのなら、枠組壁工法(2×4工法)の告示については基準を緩和されるべきです。

 積雪荷重を考慮しなくて良い基準となった理由は国土交通省が安全によりも過去の基準を否定することを嫌ったためでしょう。
 もちろん、建築基準法で地震力算定にあたり、積雪荷重を考慮することを禁止している訳ではありません。国民に安全、安心な建物を提供するために各々の設計者に期待します。

posted by 建築構造設計べんりねっと at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム