なぜ、杭頭曲げモーメントの付加軸力は考慮不要との考えもあるのかを別の視点から考えます。
杭頭の固定度は完全固定ではない
上部-杭分離モデルで杭の水平力に対する応力計算を行う際、通常は杭頭固定とします。以前は大阪府のように杭頭の固定度を50%と指導していた事もありました。当然、杭頭の固定度を小さくすれば杭頭の曲げモーメントは小さくなります。
この杭頭の固定度ですが、杭と基礎との接合が半剛接(バネ接合)である言うことではなく、節点及び接続する地中梁の回転により、固定度が下がる状態の事を言っています。
この固定度の評価は杭径や架構状態などの要素が関係し、非常に難しいものです。よって、現在では安全側に考慮し、完全固定とするのが主流となっています
つまり、杭頭曲げモーメントを実状よりも大きく評価している事になっています。実状とは想定する地震レベルで実際に発生する力のことです。
以前、建築技術にあった記載ですが、押し込み状態にある支点では杭頭の固定度が上がる、引張状態にある支点では固定度が下がるとの記載がありました。杭及び地中梁に対しては杭頭完全固定度での応力で良いですが、杭頭モーメントによる付加軸力は複数の杭が関係しますのでここまで大きくする必要はないとも考えらえれます。
そもそも、杭設計用の軸力は実状よりも大きい
次に私達がAi分布で計算した地震力による解析軸力は実状よりも大きいことがあります。
保有耐力計算においても搭状建物を除き、転倒はしないもとして計算します。この理由は『建築物の構造関係技術基準解説書』で以下のように解説されています。
Ai分布の値は各階の設計用の地震層せん断力を定めることを主眼に設定されたもので、この値に基づく転倒モーメントの値は地震時に想定される値よりもやや大きめの値となっていることのほか、地震の継続時間を考慮して建築物を転倒せしめるエネルギーを求めてみると、一般的に考えられる大地震では建物は転倒に至らないと考えられる。
Ai分布による軸力、転倒モーメントについて、もう少し説明します。
地震時の層せん断力を求めるにあたり、建物の各階を1質点にしたモデル化を行います。地震時の揺れは全ての階が同じ方向のみではなく、下図のように複雑な変位をします。全ての階が同じ方向に変位する状態を1次モードと呼び、モードの数は階の数だけあります。そして、各階における最大層せん断力は同じモードの時とは限りません。

この各階における最大層せん断力を集め、一方向に加力したものがAi分布です。

上図において、各層の地震層せん断力が1階は1次モード時(Q1)、2階は3次モード時(Q2)、3階は2次モード時(Q3)であったとします。これを1階はQ1、2階はQ2、3階はQ3となるようにしたものがAi分布です。上部構造の各階におけるせん断力に対する設計を行うには非常に便利なものです。
この時の軸力、転倒モーメントを考えます。1次モードの場合、建物左端では全ての階の層せん断力が引く抜き方向に作用します。しかし、2次モードでは3階の層せん断力は建物左端に対し、圧縮側の力となります。
つまり、このようにAi分布による軸力、転倒モーメントは想定する地震レベルにおいて、実状よりも大きくなっているのです。
≪参照≫
https://www.structure.jp/column35/column35_2.html
https://www.structure.jp/column7/topic711.html
尚、日本建築センター「高層建築耐震計算指針」では、この事を考慮した「転倒モーメントの低減係数」が記載されています。
基礎、杭の設計は不明な部分が多い
基礎、杭の設計に対しては不明な部分が多く、不確実性があります。
まず、基礎部分の水平震度0.10です。上部構造の検討地震レベルを標準せん断力係数が0.20とした場合の基礎部分の水平震度0.10に対する根拠のようなものを探しましたが見つかりませんでした。「0.10としましょう」と決められたものかもしれません。
地震力とは地震により地盤の変位した時の慣性力です。地中に埋まっている基礎は地盤と一体で変位し、慣性力は発生しないとも考えられます。
基礎が地中に埋まっている事による水平力の低減効果(根入れの効果)については評価方法の基準がありますが多くの設計者は考慮していないと思います。
規模の大きくない建物であれば、基礎が地中に埋まっている効果は大きくなり、基礎設計用の応力は大き目に評価していることになります。
また、杭の水平力に対する応力解析方法も研究者レベルの考えでは確立されたものがないとの認識のようです。とは言っても分からないでは設計が出来ない。そこは安全率でカバーしているのが実情です。
総合的に考慮するとそこまでやる必要はない?
これらを総合的に考慮すると杭設計の応力(軸力、水平力)は元々、大き目となっている。よって、杭頭曲げモーメントの付加軸力まで考慮する必要はないのではと言うのが考慮不要派の考えなのでしょう。
これに対して、考慮必要派は「では上部-杭一体モデルで適切に杭頭固定度を考慮して解析しろ。転倒モーメントの低減係数も根入れ低減も考慮しろ。なんなら応答解析を行え。その上で杭頭曲げモーメントの付加軸力を考慮すべきだ。」との反論をするでしょう。
しかし、残念ながら、このような解析は不確実な部分が多く、問題を難しくするだけとなる事が往々にあります。そもそも、私達が構造解析は様々な仮定の上で一つの釣り合いを求めているだけであり、実際の応力とは違います。この応力に対し、安全率を考慮した部材設計を行うことで構造的安全性の確認を行う事が構造設計です。そこには様々な工学的判断が入ります。
よって、杭頭曲げモーメントの付加軸力を考慮しないのも一つの工学的判断でしょう。
もちろん、全てのケースで不要との事ではありません。