2021年11月20日

建築構造は、品質を上げてもコストは上がらない!?

 構造設計者にとって、コストと品質は常に付いて廻る問題です。そして、構造設計を理解しない人からはコストを抑えた構造設計者が高い評価を受けることが往々にあります。中には行うべき検討をしていないためコストが抑えられていると言うこともあるでしょう。
 しかし、そのような時に「自分は高い品質の構造設計をしているからコストが高いのも仕方ない。これが適正なコストだ。」と他の人の構造設計を批判しても自らの評価は上がりません。

 そもそも、品質を上げたらコストも上がってしまうと言うことは本当でしょうか?
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レベルの低い構造設計者とは?


 レベル、技術力の低い構造設計者が居たとします。

 この人は一貫構造計算プログラムによる検討もひたすら、NGの部分の配筋を増やす、部材断面を上げるとの行為を繰り返します。また、保有水平耐力の検討はなんとなく配筋・部材を上げて、計算を繰り返し、OKとなる形状を探る。一貫構造計算プログラムの結果のみを信じ、その妥当性の判断も出来ません。もちろん、各種構造設計基準にも精通しておりませんので必要である検討も見落とすことがあります。

 では、このような構造設計者にコストで負けてしまう自称、普通?の構造設計者はと言うとこのような感じです。「建築物の構造関係技術基準解説書」のみをバイブルとして、仕様規定に精通し、力学的判断力、工学的判断力がやや不足しています。

 まあ、五十歩百歩でしょう。
「自分は適正な構造設計を行っているので、コストも上がってしまう。」と言うのは、ただの言い訳です。





野球が強い学校は勉強も出来る。構造設計者も同じです。


 甲子園に出場するような野球が強い学校は、「あの学校は野球をやるか、不良をやるかのどっちか」みたいな事を言われていた時代がありました。しかし、このような事は昔の話です。

甲子園出場校偏差値ランキング」と言うものがあります。
 偏差値は50が平均ですから、これによると多くの学校は平均以上です。今年の夏の甲子園大会に優勝した智辯学園和歌山高校はなんと偏差値74、多くの生徒を東大に進学させる名門校です。
 野球で人気となり、偏差値が上がった高校もあるとは思いますが、とにかく、野球、スポーツが強い学校は勉強も出来るのです。

 構造設計も同じではないでしょうか。
 技術力が高く、高い品質の設計を行う構造設計者はコストにも強いのです。





東工大の竹内先生が語る構造設計者の腕の見せ処とは


 現在の構造設計業界のトップの一人である東工大の竹内先生はYouTubeで以下のように語っています。


「計算屋はコンピューターに取って代わられる。構造設計とはそう言うものではなく、力の原理を理解した上でどういう形を作っていくこと。それはやっぱり、まだ、人間しか出来ない。予算は建築基準法ぎりぎりでも、どうやってレベルアップするかが腕の見せどころ」

 優れた構造設計者はコストに対しても良い設計を行います。その為には設計のルール(仕様規定)を多くしっている、構造計算プログラムを使いこなせると言う事ではなく、力の原理を理解した上でどういう形を作るかが出来ることが重要なのでしょう。
 設計判断を基準に書いてある、書いてないとの上辺だけで判断し、その意味や力の原理を理解してないでは優れた構造設計者とは言えないのでしょう。

 品質を上げてもコストは上がりません。むしろ、同じコストで如何に性能を上げるかが腕の見せ所です。

コストに強い構造設計者になるには


 さて、コストに強い構造設計者になるには、どうすれば良いでしょう。一つ目は構造設計基準に精通するのと同じくらい、価格について、強くなり、根拠ある対応が必要です。

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 しかし、一番の経済設計は力の原理を理解することです。簡単なレベルで言うと構造設計の基本である力学を理解することです。




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2021年11月06日

根拠の薄い仕様規定から抜けられない日本の構造設計業界

 建築物の技術関係基準解説書、そのQ&Aを見ても、相変わらず、日本の構造設計業界は根拠の薄い仕様規定から抜けられないものだと思います。
 構造設計業界とは国土交通省、建築学会、建設会社、設計事務所、そして、我々、構造設計者です。


 仕様規定とは構造物の材料や工法、寸法を規定するのに対して、性能規定とは構造物に要求される「性能」を規定するものです。例を上げると柱のせん断補強筋は0.20%以上としましょうが仕様規定、柱のせん断補強筋は構造計算で決定しましょうが性能規定です。
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 性能規定化は以下を目的として、1998年の建築基準法改正で推進されました。
@社会への説明性の向上
A基準類など国際標準との整合を確保
B設計・施工の自由度の増加が新技術の採用を促進
C技術競争力の向上による品質の向上とコスト縮減

 それから、20年以上が経ちますが、目的は達成できたのでしょうか





構造設計者は技術者ではなく、技能者か?


 構造設計者は技術者なのだろうか?
 技術者とは「科学上の専門的な技術をもち、それを役立たせることを職業とする人。」と定義されます。
技術者は性能規定に対する対応が求められます。

 一方、専門的な知識、資格を持ち、それを利用するだけでは技術者ではなく、技能者です。専門的な知識とは仕様規定を知っている。資格は一級建築士、構造設計一級建築士であるが試験対策を行えば取得出来てしまうのが実情です。

 仕様規定に多くを頼らざるを得ない構造設計者は技術者とは言えません。

構造設計の性能規定化は定着しなかったのは技術者不足が原因


 1998年の建築基準法改正で推進された性能規定化は定着せず、仕様規定に戻りました。これは2005年の姉歯氏による構造計算書偽造事件の影響です。構造計算書の偽造などを行ったのは姉歯氏とほんの僅かな倫理観が欠如している構造設計者だけです。もっと大きな問題はこの事件をきっかけに技術力を持ち合わせていない構造設計者が少なからず存在していることが露呈したことです。

 その後、構造設計一級建築士と言う専門資格を創設しましたが、平成19年の建築基準法改正の影響で建設業界の景気が低迷した「国交省不況」のように批判されることを恐れた国交省が合格者を水増し?また、試験対策が確立されてしまった事により、本来の目的は達成できていません。

よって、性能規定化をあきらめ、確実にある程度の安全性、品質を保てる仕様規定化に戻さざるを得ないとの判断になったのでしょう。限界耐力設計法も定着しませんでした。無理な性能規定化を進めると危険な設計の建物が出来てしまう恐れがあるからです。




構造設計業界だけでなく、日本全体の問題


 なぜ、今も根拠の薄い仕様規定が変わらず残っているか。理由は明確です。基準を変えることは過去を否定すること。ルールを作っている組織が自分達、またはそのルールを作った先輩、上司を否定することになるからです。協調性が高い?多くの日本人はそのようなことが出来ません。

“変えられない”は役所だけでなく、私達の民間企業も同じではないでしょうか。経営方針を変えることは過去を否定することになる。社会環境が変わっても、過去の成功体験の手法から変えられない。また、そのこと、上司に追随するほうが高く評価される。

 先日、日本人の真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞したことがニュースになりましたが真鍋氏はアメリカ国籍を取得しており、記者会見で「日本には帰りたくない」と発言しました。「日本人は他の人のことを考え、邪魔になることをしないようにします。アメリカでは自分のしたいようにできます。他人がどう感じるかも気にする必要がありません。私は他の人と調和的に生活することが出来ないから」と冗談を交え、話していましたが、笑えない話です。

 同調圧力と言われるものでしょう。

 構造設計業界においても、今まで、このルールでやってきたのに何故、変える必要がある、ルールを変えられると今までの既得権益(知識)を持っているメリットが少なくなる、変わらない方が楽であるとの考えはないでしょうか。

 このような社会で育った若者も同じ方向に進んでいきます。若手構造設計者は力学的知識より、仕様規定をより多く知っていることが高い技術力を有したと考えます。そして、自分は優れていると判断します。
 海外からは、「日本は老いた大国。変える力はない」とも言われています。しかし、未だに日本人は今は少し調子が悪いが、世界トップだと考えています。

建物規模に応じて、性能規定を強化すべき


 性能規定化の目的として、国際標準との整合を確保、技術競争力の向上がありますが、ここままでは日本の建築構造技術はガラパゴス化し、国際競争力もなくなってしまうでしょう。
 とは言え、全ての建物に性能規定化を求めるには技術者が不足します。一定規模以上の建物は性能規定化の強化、審査の強化を行うのが現実的と考えます。それには構造計算適合性判定の対象を緩和し、人材を集中させることも必要です。

本当の性能規定化とは


 性能規定化の目的の一つとして、社会への説明性の向上がありますが、具体的にはどのような事でしょうか。耐震性を説明する際に建築基準法で規定されている標準せん断力係数を説明しても社会は納得しないでしょう。法律への適合ではなく、どの程度の地震で建物が壊れるか、壊れるかを社会、一般の人は求めるでしょう。
 もちろん、現状の震度階では正しく当てはめらせません。正確な地震の評価方法を確立し、それに対する強度を保証することが本当の性能規定化です。「それでは大企業しか構造設計が出来ない?」は供給側の勝手な言い分です。保険制度の拡充も必要でしょう。
posted by 建築構造設計べんりねっと at 14:36| Comment(1) | TrackBack(0) | コラム