2017年07月03日

《続》構造設計、楽しいですか?

皆さん、構造設計、楽しいですか?

私は最近、つまらない。

最近の設計者にはモラルも哲学もなくなった。構造設計者の役割は建築基準法と黄色本「建築物の構造関係技術基準解説書」のみに従って、設計すること。
そして、一貫構造計算プログラムを如何にOKにするか、ワーニングを消すか。。。

逆に言うとこれらに対し、OKなら、どんな設計をしても問題ないと思う設計者が増えた。設計の善し悪しが、基準に書いてある、書いてないが判断基準になっている。

よって、構造設計に対する議論も無くなってきている。

更に困った事には設計に対して、責任を持てるのか?と聞くと「私は法律に従って、設計をするだけなので、万が一、壊れても責任はありません。そもそも、実際にもつか、もたないかは誰も分からないし、責任は、そのルール、基準を作った人にあると思います」と言う。

もちろん、万が一の事態が起きた時に損害賠償をせよとのつもりはない。だから、誠実であるべきではないのでしょうか。

彼らの口癖は「構造計算上、OK、NG」

そりゃ、建築構造関係の各種指針や文献も売れなくなりますよね。自分で考える必要はない訳ですから。

適判を含む建築確認の審査制度の問題もあると思います。「告示の○○○号、技術基準解説書のP.○○、プログラムのマニュアルのP.○○に。。。」こんな事ばかり、スラスラ言える審査員も多い。

そこには技術的な議論はない。

構造計算の答えは一つではないはず。そもそも、たくさんの仮定の上での一つ解である構造計算結果が今は、唯一無二の真理になっている。

様々な仮定、条件を変えた複数の計算結果を確認申請の計算書につけようものなら、全ての電算出力の添付を求められ、計算書枚数は万単位の枚数になる。また、それぞれに対して、各部計算を求められる。整合性の名のもとに。

だから、設計者も一つの条件の検討しなくなる。

これでいいのですかね?

最近の設計者の計算書を見ても、ポリシーや哲学を感じられない。ひたすら、確認申請、適判を円滑に通すための資料。

つまらない。

posted by 建築構造設計べんりねっと at 21:26| Comment(0) | コラム